教科書配布とDMAT報告会 [小学生のおべんとう]
教科書が配布され、さっそく宿題の音読から開始です。
谷川俊太郎の「どきん」
春の緊張感あふれる気持ちがこもった詩ですね。バニラは「運動会の徒競走でのスタートの気持ち」と表現。
そうそう、そんな感じかな。
先生の方で「名前は書きましょうか」と優しく提案されましたが、「いやいや、もう自分で書けますし、自分のものとして自覚して大切に使ってもらいたいので」と自分で。
今年はやっと名前の漢字を習う学年になったのでその部分は漢字で書いてもらいたいなぁ‥(気力の問題)
【おべんとう めにゅー】
・ごはん(ゆかり)
・豆腐ハンバーグ(ショコラが”マズイ!”と言うのでカンカンな私‥大人げない)
・炒めいんげん
・粉ふきいものチーズ和え
・プチトマト
この日はDMAT(災害派遣医療チーム Disaster Medical Assistance Team)の報告会がありました。
読み方はダマット(私)ではなくディーマットです。
昨年の段階で387施設、703チーム、4300人の隊員がいます。
職場も救急科を筆頭に有志を募り、気仙沼で活動を行ってきました。
志願者の半数は女性だったとか。
災害には急性期のクラッシュ症候群、瓦礫の撤去、熱傷の手当など、まさに死と直面した状況の支援に当たりますが、うちの部隊は震災直後ではなく2週間後のいわゆる慢性期と呼ばれる時期に派遣されて行きました。
壮絶な光景とはまた違う、何も無くなった平野‥河口から2km以上流されてきた漁船‥一つだけぽつんと残った大型スーパー‥プライバシーの配慮で避難所の公の場での撮影は禁止だそうですが、ひとつひとつ話を聞くだけでひと家族が身を寄せ合って暮らす風景はなんとも胸の傷む話しでした。
慢性期では急性ストレス障害の診察、感染症蔓延防止、持病の悪化のための処方箋(薬)の配布、診察を行い、往診も行う、とにかく「被災者の話を聞く」と言うのがポイントだそうです。長期化する避難生活に疲れ、イライラ、不安、治安の悪化やし尿処理で生死の危機よりも精神的ケアが必要な時期に重きを措いていたそうです。
すでに大きな避難所では物資や薬品は足りていて、スタッフ数もたくさんいる。
そしてDMATを志願して来る人が全国各地から集まるので熱気もムンムン。あれこれ意見がでるのだけど、主張が強い面々が多いのだとか。人の上に立つリーダーの存在がいかに重要で、被災者の生活を守っていくものなのか痛感しました。
そして、孤立してしまった山村や小さな避難所。
ここでの活動も困難なようです。とにかく、道が寸断されてて交通手段がなかったり、物資支援の対象に入っていなかったり‥
10日には選挙。これをネタに演説している人がいるのですよ。信じられません。
被災地に行った?何してきた?何が出来た?「ありがとう」って言わせているだけ?
それを選挙カーに乗って笑顔で手を振る立候補者‥
公平平等ってなんだろう
政治って誰のため?
って感じた瞬間でした。
お迎えギリギリまで講演会を視聴していたのですが、まだまだ続いていたようで残念ながら尻切れとんぼで帰宅。今までになく大入り満員の講演会でした。
次回は「放射線について」の講演会(時間的に欠席せざるを得ない)
医療者でも意見が分かれたり、直接携わっていないと正しい知識というのがわからないものがあります。
法令上の許容被ばく線量と医学的な許容被ばく線量は別と言うのも最近知ったばかりだし。
これを機に、原発とは何か、放射線とは何か、今東北で、日本で、地球で起きている事はなにか、理科離れ〜なんて言うけど、今こそ良い機会なんじゃないかなぁと思ってます。理科だけなく全て通じることだと信じて。
谷川俊太郎の「どきん」
春の緊張感あふれる気持ちがこもった詩ですね。バニラは「運動会の徒競走でのスタートの気持ち」と表現。
そうそう、そんな感じかな。
先生の方で「名前は書きましょうか」と優しく提案されましたが、「いやいや、もう自分で書けますし、自分のものとして自覚して大切に使ってもらいたいので」と自分で。
今年はやっと名前の漢字を習う学年になったのでその部分は漢字で書いてもらいたいなぁ‥(気力の問題)
【おべんとう めにゅー】
・ごはん(ゆかり)
・豆腐ハンバーグ(ショコラが”マズイ!”と言うのでカンカンな私‥大人げない)
・炒めいんげん
・粉ふきいものチーズ和え
・プチトマト
この日はDMAT(災害派遣医療チーム Disaster Medical Assistance Team)の報告会がありました。
読み方はダマット(私)ではなくディーマットです。
昨年の段階で387施設、703チーム、4300人の隊員がいます。
職場も救急科を筆頭に有志を募り、気仙沼で活動を行ってきました。
志願者の半数は女性だったとか。
災害には急性期のクラッシュ症候群、瓦礫の撤去、熱傷の手当など、まさに死と直面した状況の支援に当たりますが、うちの部隊は震災直後ではなく2週間後のいわゆる慢性期と呼ばれる時期に派遣されて行きました。
壮絶な光景とはまた違う、何も無くなった平野‥河口から2km以上流されてきた漁船‥一つだけぽつんと残った大型スーパー‥プライバシーの配慮で避難所の公の場での撮影は禁止だそうですが、ひとつひとつ話を聞くだけでひと家族が身を寄せ合って暮らす風景はなんとも胸の傷む話しでした。
慢性期では急性ストレス障害の診察、感染症蔓延防止、持病の悪化のための処方箋(薬)の配布、診察を行い、往診も行う、とにかく「被災者の話を聞く」と言うのがポイントだそうです。長期化する避難生活に疲れ、イライラ、不安、治安の悪化やし尿処理で生死の危機よりも精神的ケアが必要な時期に重きを措いていたそうです。
すでに大きな避難所では物資や薬品は足りていて、スタッフ数もたくさんいる。
そしてDMATを志願して来る人が全国各地から集まるので熱気もムンムン。あれこれ意見がでるのだけど、主張が強い面々が多いのだとか。人の上に立つリーダーの存在がいかに重要で、被災者の生活を守っていくものなのか痛感しました。
そして、孤立してしまった山村や小さな避難所。
ここでの活動も困難なようです。とにかく、道が寸断されてて交通手段がなかったり、物資支援の対象に入っていなかったり‥
10日には選挙。これをネタに演説している人がいるのですよ。信じられません。
被災地に行った?何してきた?何が出来た?「ありがとう」って言わせているだけ?
それを選挙カーに乗って笑顔で手を振る立候補者‥
公平平等ってなんだろう
政治って誰のため?
って感じた瞬間でした。
お迎えギリギリまで講演会を視聴していたのですが、まだまだ続いていたようで残念ながら尻切れとんぼで帰宅。今までになく大入り満員の講演会でした。
次回は「放射線について」の講演会(時間的に欠席せざるを得ない)
医療者でも意見が分かれたり、直接携わっていないと正しい知識というのがわからないものがあります。
法令上の許容被ばく線量と医学的な許容被ばく線量は別と言うのも最近知ったばかりだし。
これを機に、原発とは何か、放射線とは何か、今東北で、日本で、地球で起きている事はなにか、理科離れ〜なんて言うけど、今こそ良い機会なんじゃないかなぁと思ってます。理科だけなく全て通じることだと信じて。
被災地と一言に言っても、日々刻刻と事態は動いているんですね。
主張の多いメンバーが多いっていうのはわかる気がします( ̄◇ ̄;)
そういう人の間で神経すり減らしそうですね。
理科というか化学と数学苦手なので数値の話は「( ̄◇ ̄;)」ってなるんですが、今後のためにも、学べる機会があれば助かります。
by よんちー (2011-04-11 14:09)
昨日で49日を迎えましたね。
医療支援も精神的ケアや障碍者の問題も取りあげられるようになり、
医療コーディーネーターさんたちも現地へ行かれているようですが、
数は少ないですね。
このGWはたくさんのボランティアさんが向われるようですが、
行政の体制が整わないままボランティア活動を行うのも結構苦労も多いそうです。あとははしかの流行が懸念されています。
こちらでもインフルエンザ・はしかはこのごろ発熱時の必須検査になっていて、こちらも早く終息して欲しいなぁと思っているところです。
‥だいぶ状況は変わりましたねー。
by pecora (2011-04-29 07:41)